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先輩移住者の声

神田 京子 さん

[居住地:山口市中心部]

講談師

  • Iターン
  • 二地域居住
  • 子育て
  • 田舎暮らし
  • 街なか

取材年月:2024年11月

講談師 神田京子
http://kandakyoko.com

 

 

いつ・どこから・なぜここに?

出身は岐阜県美濃市で、山口市に移住する前は東京に住んでいました。移住を決めた理由はいくつかあります。1つ目は、品川区の下町に住んでいたのですが、どんどん人口が増えて窮屈に感じるようになってしまったこと。2つ目は、移動の満員電車に疲れてしまったこと。3つ目は、月の半分は仕事で地方に行っているので、東京には仕事の拠点さえあればいいのではと思ったこと。

でも、何より大きかったのは子育てする環境です。とにかく大都会は人が多くて、いつも人混みに揉まれていましたし、目の前に広がるのはビルばかり。何でも揃っていてすごく便利ですが、子どもを育てるならのびのびとした場所がいいと思い、子どもが幼稚園に入るタイミングで地方に移住することを決め、2020年2月に山口市民となりました。

数あるまちの中から山口市を選んだ理由は?

夫(詩人 桑原滝弥)の仕事で山口市に来ることがあり、山口宇部空港に降り立った瞬間にビビビッと来ました。目の前には余白が広がり、しかも美しく整備されていて、「なんて過ごしやすい空港なんだ!」と感動したんです。しかも外にはのどかな景色も広がっています。バスで新山口駅まで移動し、そこから山口線で山口駅に向かいましたが、道中、目に映る山々の緑、整ったまち並み、そして、電車内の高校生たちのマナーの良さに驚きました。

さらに、山口駅前の穏やかさにもびっくりしました。県庁所在地の駅といったら周りにビルが立ち並んで、人がごった返しているイメージですが、山口駅にはそんな様子は全然ありませんでした。「ああ、ここなら自分たちのペースを大事にできそうだな」と、なんだかホッとしたのを覚えています。それで、山口市に住みたいなと。それから夫婦で山口市への移住を話し合いました。ただ、最後の一押しをしたのは息子でした。「そうは言っても東京から距離があるから」と決めかねていた夫に、息子が「パパ、運命を信じろよ」って言ったんです(笑)。それが決定打となって山口市への移住を決めました。

どのように地域に馴染まれましたか?

これといった特別なことはしていませんが、とにかく元気に挨拶をしていました。最初は朝のゴミ捨てですれ違うだけの近所の方でも、繰り返し挨拶をしているうちに、「今日は寒いですね」とか「お子さん、大きくなられましたね」とか次第にコミュニケーションが取れるようになって、少しずつ距離が縮まっていきました。山口市に限らず、「元気に挨拶」は仲良くなれる秘訣ではないでしょうか。

あとは、困った時に素直に「助けてください」と言えること、「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えることも大切だと思います。私たち家族はコロナ禍の寸前に移住したので、すぐに巣篭もり生活が始まってしまいました。しかも、講談はしゃべる仕事ですので軒並みキャンセル。貯金を切り崩しながら暮らすことに。そこで、知人を通じて阿東の農家さんを紹介してもらい、農作業のお手伝いをさせてもらうことで米の心配はなくなりました。

そして、そのご縁のおかげで誕生したのが「ぼうぼう庵」です。長らく空き家となっていた阿東の古民家を改修した里山の交流・遊びの場で、人と人、人と地域とを結ぶ拠点を目指して、農業体験をしたり、寄席などのイベントを開催したりと、仲間と一緒に運営しています。心を開くことで人と人とはつながっていけるんだなと実感する一方、山口市のみなさんの面倒見の良さゆえと痛感しています。出会う人、出会う人、みなさん親切で温かく、今こうしていられるのもあのコロナ禍に出会ったみなさんが支えてくださったおかげです。

現在の状況・感想

移住して丸5年になります。すっかり山口市に馴染み、やりがいのある仕事にも集中できて毎日がとても充実しています。暮らしの拠点は山口市、仕事の拠点は東京で、あちこち飛び回っています。これまでは地方で仕事を終えて東京に戻る時、「混んでるのやだな」と憂鬱になることもありましたが、今は山口市に帰ると思うと心が軽くなります。オンとオフの切り替えが以前より断然上手くできるようになりました。

もちろん、子どもものびのびすくすくと育っています。すぐ近くに自然があるので、いろんな体験をさせてあげられ、ずっと理想としていた子育てができているなと満足しています。休日は窓から見える景色を楽しんだり、一の坂川を散歩したり、湯田温泉で足湯を楽しんだりと、思いっきり羽を伸ばしています。「お気に入りの場所が選べない!」というくらい、山口市のあちこちに大好きな場所ができました。

移住してよかったことは?

一番は、人と情報の窮屈さから逃れられたこと。ぐん〜と大胆に移動し視点が二つに広がったことで、気が楽になりいろいろデトックスできた気がします。それに、水も空気も食べ物もおいしいですから、精神面だけでなく、体もすごく健康的になったと実感しています。

また、新天地である山口県の自然や歴史、文化に触れることで、自分の中に新たな知識が増え、新たな思いも芽生えました。これまでは東の目線でしか見ておらず、「西から見たら江戸ってこうだったんだ!」など、常識が覆されたことも多々あります。そうやって刺激を受けたおかげで創造意欲が高まり、「金子みすゞ伝」※他、自分の感動した人物を取り上げた新作講談を作ることができています。私にとって山口市への移住はいいことづくしでしたよ!

※令和三年度(第76回)文化庁芸術祭賞優秀賞受賞「神田京子独演会〜金子みすゞ伝 明るいほうへ〜」の成果として

山口市の魅力は?

私が思う山口市の魅力は、「たっぷりの余白があること」です。人口も建物の数も程よく、都会ほど物価も高くなく、いろんな面においてゆとりのある暮らしが送れます。また、私が言う「余白」には、「何かに挑戦するにもまだまだ余地がある」という意味も含みます。自分のしたいことを素直に始めるチャンスに恵まれているということ。「山口市は可能性を秘めたまち」ということをもっとたくさんの方に知っていただきたいですね。

そうそう、移住後すぐに電話一本で幼稚園の入園が決まりました。もちろん、タイミングもあると思いますが、こうした面から山口市への移住も検討してはいかがでしょうか。あとは市街地に温泉があるのも大きな魅力ですよ!

これからの目標・夢は?

山口市で家族との穏やかな暮らしを守りつつ、より一層、人や環境のお役に立てる仕事に励みたいです。現在は「渋沢栄一伝を一万人に伝えるプロジェクト」(2024年6月〜2025年7月)を展開中で、すでに6,300人近い方々にお伝えしてきました。2月には山口市でも独演会を開催するので、今はその準備に追われているところです。そして、山口市でまだまだいろんなことを吸収して、もっとたくさんの作品を作っていきたいです。

またもう一つ、山口市の良さを全国に発信し、日本各地で得たその土地土地の良さを山口市のみなさんに発信する「橋渡し」的な存在になることも続けたいですね。東京を心臓とするならば、地方は血管です。血の巡りを良くすることで、日本全体を少しでも元気にできたら嬉しいです。

 

移住を考えている人にアドバイスを

山口市街地は、都会機能が充実しながらもゆったりと暮らせるとても珍しいまちで、飛行機にも新幹線にもすぐに乗れる、私にとっては最高の移住先です。ただ、感覚の個人差はあるでしょうから、ぜひ移住前に足を運んで、実際に交通インフラを体感したり、まちの様子や人々の暮らしぶりを見てみてください。

地域の方々と仲良くなるには「元気な挨拶」が一番です。住まいを探したい方は、まずは気楽にインターネットで賃貸物件を探すのが良いと思いますよ。街が気に入ったら「空き家バンク」を活用したり、市の窓口に相談して家を購入するのも楽しいですね。

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